2019/11/09

狭い庭のような場所に自分が立っていることに気づいた。見覚えのない場所だから、もし本当に庭なら他人の家の庭なのだろう。
そう思うと私は、すぐさまその場を脱出しなければという思いに駆られた。こんなところを見つかって通報されたなら、何の言い訳も思いつかないことは明白だからだ。
ちょっと珍しい蝶が飛んでいたので思わず後をついてきてしまったんです、とでも述べるつもりだろうか? 彼は昆虫になど何の興味もないはずだ、と友人たちは口をそろえて証言するだろう。じっさい私は外を歩いていて昆虫が目の前をよこぎっても無視するし、衣服などに止まった場合はすぐに払い落としてしまうのだ。
やはりこんな場所はとっとと退散すべきだ。そう思って出口らしき方向へ歩いていくと、赤ら顔で坊主頭の恐ろしい形相の人物が仁王立ちしていた。
この庭の持ち主なのだろうか? だとしたら何かマシな言い訳を考えなければとすばやく頭を巡らせていると、その人物は妙に甲高い声でこう云った。
「他人の土地に無断で侵入するとはどういうつもりだ!」
その声がまるで人間を真似た小動物の声のようだったので妙に思い、よく見ると赤ら顔の人物の体は手のひらに乗りそうなコンパクトなサイズしかなかった。
あまりに恐ろしい形相だったことと、こちらに無断侵入の後ろめたさがあるため相手が巨大に見えたのだろう。実際にはおもちゃ屋で売っていそうなかわいらしい存在だと気づくと、私は急に気が大きくなってこう云い返した。
「ちょっと声が小さくて聞き取れませんでした。すみませんがもう一度云ってもらえますか?」
するとその小人のようなものは赤ら顔をさらに真っ赤にして、何やらキーキーとわめきたてた。もはやその言葉はガラスをこすった音のように本当に聞き取れなくなっていた。
「そう興奮せず落ち着いて、もっとゆっくり喋ってくださいよ。大声を出すのと喚き散らすのは全く別のことですからね」
私がことさら優しい口調でそう諭すと、赤ら顔の人物は頭から湯気が出そうなほど興奮しつつ、地面に落ちているものを片っ端から私に向けて投げつけ始めた。
だがそれらは小指の先ほどもない小石ばかりで、しかも私には届かずすべて地面に落下したのだ。
その哀れな様子を眺めることに飽きた頃には、私は相手をからかうことにもすっかり興味を失っていた。無言のまま足早にその土地を抜け出すとき、何か柔らかいものを踏んだような気もするが、とくに靴の裏を確かめることもなくそのまま道を進んだのである。
庭を出ると周囲には我が家の近所とはまるで違う、初めて見る住宅地の景色が広がっていた。それを夢中で眺めていると「次はどんな建物が目の前に現れるのだろう?」と気が気ではなく、他のことはもはやどうでもよかったのだ。