2019/03/19

目の前に大きな木があった。私はたいていの木を見てもとくに感想を持つことはないのだが、その木にはどことなく南国の雰囲気のようなものを感じた。もしかしたら実際に、南の国から輸入されてきた品種なのかもしれない。植物に関してまるで疎い私には、それ以上はぼんやりと想像することしかできなかったのだが。
私はたまに南へ旅してみたいという気持ちに襲われることがあるのだ。それはとくに理由のない心の動きなのか、あるいは前世が南国の人間だったという具体的な理由がある可能性もある。暖かい地方へと電車で向かい、窓の外の景色がだんだんと夏めいたムードを醸し出し始める。まだ春の初めだというのに、麦藁帽子やアロハシャツで出歩く人を見かけたなら、そこはもうれっきとした南国の町だ。私はあわてて荷物を網棚から下ろし、出口へと向かう。駅のホームには熱を帯びた風が吹き、ほのかにフルーツの匂いが混じっている。
「ここは南国の駅なんですよね?」
念のため駅員にそう訊ねると、相手は黙って微笑むことで私への返答に代えるだろう。私の首にレイを掛けることはなかったものの、実質私の心は花の環に包まれたようなものだ。
太陽と海がこっちへおいでよと手拍子のようなリズムを刻む。そんな南国でのひとときを味わうために、本当は電車での旅は不向きだ。みなさんには飛行機か船をお勧めしておこう。