2019/08/08

連日の暑さにすっかりやる気を失っていた私は、何らかのスリルを味わうことで涼しさのようなものを感じたいと思い、町はずれの廃屋を訪れてみることにした。
そこは住人が一家心中を遂げた後ずっと放置されている家で、そのせいか窓ガラスも割れたまま修理されず、落ち葉やゴミなどが室内に入り込んでいるようだった。
「もしもこの家で一晩過ごしたとすれば、おそらく心中一家の最後の晩餐の様子を夢に見るにちがいない。心中するほど追い詰められた人たちとはいえ、これが現世の最後の食事と思えば、今後の食費のことは気にしないで済む。スーパーで高級な牛肉を買ってすきやきなどを腹いっぱい食べたのだろう」
私は割れた窓をじっと眺め、悲惨な最期を遂げた一家がその晩味わった牛肉の味と匂いを想像した。
思わずお腹がグーと鳴ったことに赤面しつつ、そういえばずいぶん長い間すきやきなど食べていないことを思い出したのだ。
私は玄関に近づいていくと、そっとドアノブに手をのばした。だが生憎ドアにはしっかり鍵がかかっており、廃屋に無断で上がり込むことはできなかった。
したがって今晩の夕食のかわりにすきやきの夢を見るという、私のささやかな願いは実現せずじまいだったのである。
「もっとも、死んでいった一家がベジタリアンでなかったという証拠は何もないのだ。腹を空かせたままゴミだらけの床で眠った挙句、サラダなどを食う夢でも見させられたのではたまったものではないな……」
そう思うと案外、家に上がれなくて正解だったのかもしれない。
私は負け惜しみのようにそう考えることにして、その場を立ち去ったのだった。