2019/08/03

とんでもない馬鹿が暴れていたので、みんなは遠巻きに馬鹿を眺めていた。
やはりこんなに非常識なまでの暑さが続いていることが馬鹿を奮い立たせ、
「おれもこの強烈な暑さに負けないところを見せてやる!」
といったライバル意識を刺激したのかもしれない。
だとすれば、単なる自然現象とはいえ、猛暑もずいぶん罪なことをしてくれたものだ……。
すでに何人かが馬鹿に棒のようなもので殴られ、頭から血を流しながら病院に向かって歩いていくのが見えた。
私はこのところ健康保険の支払いが滞りがちでもあるし、病院へ行くのは気が進まない。もし殴られて流血したら、自宅で包帯を巻くなどして安静にし、治るのを待つしかないだろう。
そう思って馬鹿の目に入らないよう、他の通行人の陰に隠れるようにして歩いていった。
だがその通行人がいきなり駆け出したので、その場に取り残された私はばっちり馬鹿と目が合ってしまった。
まるで檻から解き放たれた動物のように突進してくる馬鹿を見て、私は思わず息を飲んだ。
「Yさんじゃないですか」
「ああ、どうもおひさしぶりです」
「どうしたんですか棒なんて振り回して」
「いやあ、毎日暑いじゃないですか。だからぼくも負けていられないなと思って」
「やっぱりそうですよね」
「じゃあ、ぼくはまだ棒の続きがありますんで」
「がんばってください」
「ありがとう」
以前バイトで一緒になったことのあるY氏とそんな会話を交わして、私は会釈するとその場を去った。
振り返ると、Y氏はふたたび棒を振り回して通行人を血祭りに上げている。
私はあんな馬鹿と旧知の仲だと思うと、なぜかひどく屈辱的な気分を味わった。