2019/08/29

古い知人であるA氏が個展を開くという案内が届いていた。
さっそくギャラリーを訪れてみると、品のいい室内に展示された絵はいずれもA氏らしい個性のみられる鮮烈なもので、私は時の経つのも忘れて絵の世界に没入してしまった。
A氏の絵にはどれも何らかの生き物が描かれている。それは蟻から鯨まで、大小さまざまな生物がどこか優しい視線を感じさせるタッチでくっきりとキャンバスにうつしとられたものだ。
「こんな素晴らしい絵を飾るのにふさわしい部屋に、できれば私も住みたいものだ。今のボロアパートの壁に飾ったのでは、せっかくの傑作も中学生が美術部の活動で描いた絵と大差ないように見えてしまう」
もしもどこかの湖畔などに別荘を持つことがあれば、その壁に飾るのにもっともふさわしいのはどの絵だろう? いつしか私はそんな目で作品を比較し始めていた。
「こちらのライオンの絵は、留守にしがちな別荘の番をさせておくにふさわしいような気がする。だが、湖畔という立地を考慮するとこの亀の絵も捨てがたいと思える」
私は次々と目移りしていく絵たちのすばらしさに嬉しい悲鳴を上げ、驚いたギャラリーの従業員があわてて様子を見にくるというハプニングも発生した。
「やれやれ、どうやら早急に結論を出すことは不可能なようだ。今日のところはいったん帰宅し、次にこの場を訪れるまでの宿題としておこう」
そう考えて私はギャラリーを後にしたのだが、その後A氏の個展のことはすっかり忘れてしまい、今日思い出してギャラリーを再訪してみたところ既に展示は終了していた。
だがかわりに始まっていた別な作家の個展が非常に魅力的な作品ばかりで、
「やはり別荘を手に入れたときはA氏の絵ではなく、この作家の絵を飾ることにしよう」
さっそく私はそう心に決めたのだった。