2019/08/20

近所の公園の隅のほうをよく見たら、おじいさんが別のおじいさんを殴っていた。
「暴力はいけませんよ!」
そう叫びながらあわてて駆けつけると、おじいさんはキョトンとした顔で私を見返した。
おじいさんの前には一本の貧相な柿の木が生えていた。
おじいさんは別のおじいさんを殴っていたのではなく、おじいさんにそっくりな柿の木を殴っていたのである。
聞けば娘夫婦や孫たちとの同居生活は何かと息が詰まるので、時々こうして木の幹を人間に見立てて殴ることで、ストレスを解消しているのだそうだ。
私はせっかくのストレス解消タイムにとんだ邪魔に入ってしまったことを詫びた。
「こうしてべつに痛みを感じるわけでもない樹木へ暴力衝動を向けることで、幼い孫たちのような非力な存在を殴るような最悪の事態が回避されているのだとすれば、こんなに素晴らしいことはないだろう」
私はそのように感慨に耽り、老人の繰り出すパンチに見入っていた。
「だが殴りつける対象に自分とそっくりな印象の柿の木を選んだ点には、この老人のひそかな自殺願望が無意識に反映されているのかもしれない」
そう思うと私は心配になり、不安げな表情で老人を見つめた。
「だが自殺衝動が『自分によく似た樹木をくりかえし何度も殴る』という行為に昇華され、結果的にこの老人が元気で長生きできる可能性もある。だとしたら本当に素晴らしい、祝福すべき結果だといえるだろう」
そう考え直した私はすっかり笑顔に変わり、その笑顔はひまわりの花のような明るさに満ちている。