2019/08/19

間違えてドアを開けてしまった会議室が会議中だったので、これも何かの縁だと思って私も会議に参加することにした。
「それは違うと思いますね」
いかにも切れ者といった鋭い目つきの女性が、何かをもたもたと発言していた愚鈍そうな男の言葉を遮ってそう言った。
「あなたはさっきから同じ場所で話が堂々巡りしていますよ。その問題についての適切な反論は、つい五分ほど前にも私の口からもたらされています。聞き逃したのでしたらもう一度言いましょうか? 必要ありませんか? では時間の無駄ですから先に進みましょう。このプロジェクトの核心にあるのは地球の温暖化と、そのことに対する人々の広範かつ根深い無関心です。我々は率直にその事実を認めたうえで、現状を甘く見積もりすぎていたことへの反省をすみやかに生かす次の手を、ただちに考えなければなりません」
「チキュウオンダンカって何のことだね?」
頭髪の薄い、初老の男性が小声でそう私に訊ねてきた。
「よく知りませんが、だんだん地球の気温が上がってポカポカしてきているらしいですよ」
私がそう答えると、
「ポカポカしてきてるなら、いいことじゃないか」
初老の男性はいかにも不服そうにそうつぶやいた。
「でも北極とかの氷が融けると、海面が上がって日本が沈没するらしいです」
「それは本当かね!? 日本が沈没したらローンの終わってない我が家も水浸しだぞ!!」
初老の男性は驚きのあまり叫びながら椅子から立ち上がってしまった。
すると机を囲むみんなの注目が男性に集まり、発言を中断させられた女性が憤怒に満ちた目で男性を睨みつけた。
その隙を突くように、私はこっそりとその名も知らぬプロジェクトにかかわる人々の会議室を後にした。
有意義な会議を台無しにした無能な男の共犯者に仕立て上げられては、たまったものではないと思ったからだ。