2019/08/18

海の見える場所にいると、つい時を忘れて水平線を見つめてしまう。
まるでそこから先は滝になって、海水が虚空に落下しているかのような眺めに夢中になり、写真を撮ったりスケッチをしたりしているうちにいつのまに日が暮れている。あたりは真っ暗になり、周囲に明かりのない海岸にいる場合などは自分がはたして海と陸、どちらに向かって歩いているのかさえ自信がなくなってしまう。そんなときのためにローソクとマッチを用意して、ほのかな燭光を頼りに歩けば夜の海で溺死することが避けられると私は信じていた。ポケットにはつねにローソクとマッチ。それが私が散歩に出るときの必携のアイテムなのだ。
もちろん、闇の中でどちらへ歩けばいいかわからなくなり、途方に暮れるのは海岸ばかりではない。どちらかというとむしろ、山奥の木々に囲まれた場所で体験しがちなことだろう。
海と違って、山では私の視界を覆うのは暗闇だけではない。大地そのもののつくりだす斜面や、そこに生えた植物が視界を覆うだけでなく、物理的に行き止まりとして前進を阻みさえする。そうした特徴は海よりもずっと恐ろしいところなので、十分な注意を払うべきだ。素人が軽装で気安く山へ足を踏み入れるべきではないし、プロフェッショナルとしての自信にあふれる少数の者以外は、日没までに確実に町へ帰ってきたほうが身の為だ。
その点、日本の海岸の多くは近所に町や、少なくとも自動車の通りかかる道路くらいはあることが期待できる。間違えて海水に向かって歩き続け、波に呑まれて命を落とすことさえなければ、たとえカジュアルな服装でも無事に危機を脱することは可能だろう。
だから海岸へ出かけるときの服装は、単に機能性ばかり優先せず、ちょっとした遊び心やおしゃれ心も忘れずにいたいものだ。そこが山遊びと海遊びの大きな違いなのである。