2019/08/15

少し足をのばして遠くのスーパーへ行くと、豚肉が安く売られていた。べつにそんなことを期待してわざわざ自宅から離れた店を覗いてみたわけではない。私は自分にそう云い聞かせた。さもないと、これから何度も同じ幸運を期待して遠くまで足をのばし、おそらくその期待を裏切られて殺伐とした気分になることが予想されるからである。
すべてのことはただ、何も期待せず、なるようにまかせておくのがいい。風に飛ばされた千円札が道路を渡り、野原をひらひらと舞いながらさらに飛ばされて、いつのまにか私のポケットに収まっている。そんなことができるだけ多く人生にあればと願うのが、人情というものではあるだろう。
だが、いったん期待してしまえばその千円札は、いわば私のポケットに最初から糸でつながれていて、偶然をよそおって風の中を移動して、当然のようにポケットに到着したのと同じことになる。
そして千円札が私のものにならなかった場合、なんらかのアクシデントで糸が切れ、誰か他人の手に渡ったのだと想像して暗い気持ちになってしまうはずだ。
だから私は、私に訪れた幸運のことを速やかに忘れ、口からよだれを垂らさんばかりの死人のような顔で外をうろうろと歩き回らなければいけないのだ。
そんな人間は見るからに不気味なので、子供たちから石を投げられたり、大人に警察に通報されるといった災難に見舞われるかもしれない。
だがそうした不愉快な出来事もその気になればほんの数秒で忘れてしまえる。
そもそも目の前の警察官が何を云っているのか理解できないくらい頭が空っぽだし、せっかく安く買った豚肉は交番で長々と説教を浴びている間に腐り出し、悪臭を放ち始める。
夏場の生ものの足の速さは本当に驚くべきものだ。
ドーピングしたベン・ジョンソンでも、こいつにだけは勝てないのではないか?