2019/04/24

どこかで犬が吠えているような気がした。もちろん、この世界のどこかでつねに犬は吠えているはずだが、たいていの犬は私と無関係に吠えているのだ。また、他人の家の前を通ったときいきなり犬が吠えたてた場合などは「まるでセンサー付きの警報機のように単純な獣らしい反応だな」と理解することができる。
だがそうではなく、どこか私の目の届かない場所から私個人にあてたメッセージのように吠えている犬の存在を、ふと感じたということだ。
そんな犬が実在しているという証拠を示すことはできないから、これは科学の進歩に背を向けた迷信家のたわごとにすぎないのかもしれない。今では世界のどこかで自分に向けて必死に、何らかのメッセージであるかのように吠えたてる犬の存在を信じることさえ難しい時代になってしまった。
そもそも犬と人間との間に生じているコミュニケーションは、厳密には互いの誤解の上に成立しているものだというのが現在の常識だろう。誤解が永遠に解けないことによって、まるで人類と犬は昔からの親友であるかのように過ごしてこれたのである。
それは覚めない夢の登場人物としてお互いを必要としあうという、理想的な恋愛関係のようなものかもしれない。そんな「夢の恋人」のような位置からメッセージを投げかけてくる犬の存在を、ありえないものとして否定することはたしかに進歩的な態度に違いないが、前に進むことが結局崖から真っ逆さまに転落する瞬間への接近を意味していないと、誰に言えるだろうか?
もちろん、犬が吠えていると信じる方角へ進むことで、ジャングルの奥地へ迷い込み永久に出られなくなる可能性もある。そのジャングルには野犬が異常なまでに繁殖しており、私は腹を空かせた彼らに大きめの肉の塊として遠くから招かれ続けていたのである。