2019/04/14

朝早く散歩をしていると、奇妙な遅さで前から近づいてくる車があった。
それがフォルクスワーゲンのビートルだということは、昆虫的なフォルムですぐにわかったのだが、あまりの遅さが昆虫にしては巨大すぎるその車体を強調し、なんとも不気味に感じられたものだ。
そのせいか「運転席に誰も乗っていなかったらどうしよう?」という不安が胸に広がり、すれちがうときは思わず目をそらしてしまいそうになった。
だが我慢してどうにか視線を向け続けると、そのワーゲンにはいかにもこの車を所有するにふさわしい、センスのいい服装をした老齢の男性が乗っていることが確認できた。
「誰も乗っていない自動車が早朝の路上で、前方から接近してくるという恐怖体験はどうやら回避できたようだ。だが、運転している人物だと思ったのがよく見れば蝋人形であり、無表情で微動だにせず運ばれてくるのだとしたらふたたび恐怖が襲い掛かることは間違いない。しかも一度は安堵に包まれただけに余計に私のショックも大きく、はたしてそのとき自分がどうなってしまうのか想像もできない気がする。衝撃のあまり、路上で私もまた蝋人形のように身動きできなくなった結果、そのまま謎の自動車に轢かれて一生を終えるのではないだろうか?」
だが私が夢中で自分の心境を言葉にし終えた頃には、ビートルはとっくに私の背後へと走り去っていた。
振り返るとあんなに動きの遅かったビートルが、本当の昆虫のように小さくなって遠くの交差点を曲がっていくところが見える。
私の見ていないときだけ本来のスピードを出す車。その奇妙な有り様には世界の仕組みに関する重大なヒントが隠されているように思えたので、私の早朝は今日も充実感に包まれていった。