2019/03/29

巨大な穴のようなものが私の住む町のどこかにあり、町の人が少しずつその穴に吸い込まれていくのだという気が最近ではしている。
これは私の妄想だろうか? 川沿いの桜並木には花が開き始め、 その下を歩く人たちがスマホのレンズを向ける姿などが見受けられる。きっとバイトへ行く途中に桜が目に入り、つい足を止めてそんな行動に移ったのだろう。微笑ましい光景だが、桜の画像を保存したスマホごとその人がこの町のどこかにある、巨大な穴のようなものに吸い込まれて永久に戻ってくることがないのだと考えると、寂しい気持ちになって胸が苦しく感じられるのだ。
もちろん、その人は今後もとくに変化のない平凡な人生を続けるかもしれない。だがそんな保証は誰にもできないのも事実だ。巨大な穴のようなもののある町に住んでしまったことが、すべてをうっすらと暗い気持ちで包み込む不安材料になっているような気がする。
ならば今すぐ別の町に引っ越せばいいのかと言えば、新住所が不安材料と無縁とは限らない。場合によってはその引っ越し自体が、さらに巨大な穴へと吸い込まれようとする取り返しのつかない過程なのかもしれない。
だから私から言えるのは、
「早急に町を出ようとは考えず、ひとまずコーヒーなどを飲んで落ち着いて周囲の草花や建物を眺めてみてはどうだろう? 答えを出すのはそれからでも遅くないはず」
そんなありふれたアドバイスでしかなかった。
ふと気がつくとテーブルの上ですっかり冷めてしまったコーヒーの黒さが、小さな穴のように見える。