2019/03/28

悲しみは人間を無口にする。町で長時間黙りこくっている人を見かけたら、何か悲しみに囚われている気の毒な人だと思ったほうがいい。
そこで「いったい何が悲しいのですか?」などと訊ねるような無粋な真似をしてはいけないのだ。それは岸辺にようやく泳ぎ着いて震えている人を、もう一度水中に突き落すような行為だ。
むやみに声を掛けたりせず、黙って少し離れたところに立っておどけた表情をしてみせたり、楽しい雰囲気の動きなどを披露して相手の気持ちをリラックスさせ、自然に笑顔があらわれるのを待つべきなのである。
もちろんその笑顔はつかの間のものであり、悲しみが癒えたというわけではけっしてない。まるでそういう仮面を被ったかのように笑顔が固定するのを待ってから、初めて口を開いて自己紹介を試みるのがいいだろう。
そんな状態にたどり着けるまで早くても三十分、場合によっては一ヶ月ほどを要することもあり、気長に構えることが大切だ。自己紹介ののちの第一声は、何か相手を褒める言葉を掛けるのが無難だろう。もちろんまだ何も会話は始まっておらず、相手について分かっているのは外見だけだから、当然それを褒めることになる。
「あなたの髪型はよく見ると個性的で、スーパーの青果コーナーに並ぶ様々な野菜を連想させるところがありますね。でも、その中のどれなのか特定することはできない。いわば、あなた自体が新種の野菜のようなものだ」
少々歯の浮くような台詞ではあるが、心に悲しみを秘めた人に贈る言葉には普段以上の熱気が必要なのかもしれない。
水から上がって震えている人には、焚き火が最高のプレゼントなのだから。