2019/03/06

道を歩いていたら、壁に貼紙のある一軒家の前を通りかかった。
その家は見るからに生活感がなく空き家のようだった。ということはきっと、住人募集の貼紙でもしてあるのだろう。そう思った私が「こんな家には絶対住みたくはないな。だから貼紙を読む必要はないだろう……」と思いながら通り過ぎようとしたとき、貼紙がいきなりこちらに向かって飛び出してきた。
「うわっ!」
驚いて声を上げた後でよく見ると、それは紙などではなく白いドアで、家からは見知らぬ中年男が顔を覗かせていた。
「びっくりさせてしまいましたか? 大変申し訳ありません」
口ひげを生やした、見るからに不気味な雰囲気の男だったわりに口調は丁寧だった。
しかもその手には美味しそうな中華まんがひとつ載せられていた。
「驚かせてしまったお詫びに、よろしければ召し上がってください」
そう言って差し出された中華まんを私は遠慮なくいただくことにした。
「これは肉まんですか? それともあんまんでしょうか?」
そんな質問が口から飛び出しそうになるのを私は必死にこらえた。
中身を知らずに食べたほうが、ちょっとしたミステリアスな気分を味わえることに気づいたからだ。
「では、いただきます!」
そう言って齧りついた白い饅頭の皮の下から、予想外の味と香りが口の中に広がった。
「ピザまんだ」
そう思った瞬間私は口の中のものを吐き出し、食べかけの饅頭を地面に叩きつけていた。
私が大のピザまん嫌いだということを、この中年男は知らなかったのだろうか? だとしたら無理からぬ話とはいえ、こんな不味いものを他人にプレゼントする者の気が知れない……。
そんなやり場のない怒りにかられて家の方を見ると男の姿はなく、白いドアがあったはずの場所には大きな貼紙がされていた。
その紙には入居者募集の事務的な文言だけが記されている。提示されている家賃が破格の安さだと気づいた私の意識は貼紙に吸い寄せられた。
ピザまんを食わされた不快感など、すっかり吹き飛んでしまった格好だ。