2019/03/09

シャープなデザインの眼鏡を掛けた知的な雰囲気の女性が、自動車が激しく行き交う道路の隅を悠然と歩いていた。
女性は両手で新聞を開いており、読みながら歩いているのだ。おそらく一日が二十四時間では到底足りず、わずかな移動の時間も情報収集に充てなければならないほど多忙な身の上なのだろう。
やがてダンプが横を通り過ぎると、突風を受けて新聞が吹き飛ばされてしまった。だが女性は少しも慌てることなく、すばやくバッグから文庫本を取り出して今度はそれを読みながら歩き続けた。
飛ばされた新聞を拾う時間も惜しいのだと思われる。おそらくあの文庫本が飛ばされた場合、またすばやく次の何らかの印刷物がバッグから取り出され、間をあけず女性の頭脳に情報を送り込むことになるはずだ。
そう感心しながら見ていると、彼女の手から飛ばされてきた新聞が風にのって私の足元までたどり着いた。
何気なく拾い上げたところ、それは新聞と同じ手ざわりの紙に一見新聞そっくりのデザインで印刷されていたが、内容は「身長五十メートルの人間は存在しない」という文字列がくりかえし印字されているだけだった。
私は最初から最後まで紙面に隈なく目を通したのだが、大小さまざまなフォントを駆使しながら、それ以外の文言はついに一文字も見当たらなかったのである。
目を凝らして作業に没頭している間に、どうやら私はあの知的な雰囲気の女性の姿を見失ってしまったようだ。
だが知的に見えたのは外見だけで、実際はそうでもなかったのかもしれない。