2019/03/15

貧乏な人間が集まって何か会議をする場合、やはりその議題は「どうしたら金持ちになれるのだろうか?」という一点に集中してしまう。
そんなことより大事な論点が、この世にはいくらでも見つけられるのでは? というもっともな疑問の声が、おもに裕福な人々のほうから投げかけられるのも無理からぬ話だ。
「人間のエゴによって殺される動物たちのために涙を流したり、子供たちが邪悪なものから守られて澄んだ瞳を保てる環境づくりのほうが、金銭の話よりよほど重要なのでは?」
貧乏人たちを偏狭な視野から救い出そうと、裕福な人々はそんなさまざまなアドバイスを送ってくれる。
だが日々の生活費を捻出することで頭がいっぱいな貧困者は、そんな善意の言葉を素直に受け止めることができず、心無い言葉を投げ返してしまうことが多い。
「金持ちはいつもお気楽な夢物語に熱心なようだが、我々も今月の家賃や滞納してる年金のことを忘れて、たまにはそんな夢物語の語らいに参加したいものだ。そのために皆さんのあり余る財産の中から我々に当日の時給を払ってはくれまいか? 一時間につき1000円と交通費が振り込んでもらえるなら喜んで今すぐ、高級な家具や有名な芸術家の作品が並んだみなさんの会議室へと飛んでいくのだが……」
もちろん、そんな浅ましい子供じみた反論に裕福な人々がつきあう理由はひとつもない。
高級な家具や有名な芸術家の作品をケチャップなどの付着した貧乏人の手で触られたら大変なので、社会にはそれぞれのグループにふさわしい専用会議室が存在するのだから。