2019/01/31

私は歌人だから、ちょっとした散歩の間にも目に映る景色を次々に歌に詠んではすばやくノートにメモする、といった繁雑な作業を一瞬たりとも止めることができない。
もしもノートがないときは地面に先の尖った石などを使って歌を書き留めると、全速力で帰宅してノートを持ってふたたび大変な速さで現場に戻ってくる破目になるのだが、その間ににわか雨が降ったり、文学的価値のわからない近所の無教養な子供が地面に頭の悪そうならくがきを上書きするなどの行為に及んでいた場合、私のそんな努力は水の泡となるのだ。
日頃の運動不足がたたって、全力疾走後の私はその場で嘔吐したり貧血で倒れたりといった悲惨な状態になる。人はそんな私を物珍しそうに眺めたり、楽しげに指さして笑ったりしているが、あまり面白そうに見ているので自分でも懐から鏡を取り出してそっと覗き込んでみたことがあった。だがそこには顔色の悪い中年男が「死にそうだ」とつぶやいているだけで、とくに興味を惹くようなところはなかった。