2019/01/21

金持ちの家があるという噂を聞いたので、近所の寺院の境内の裏からのびている細道へ足を伸ばしてみた。
道は思ったよりも険しくて、複雑に折れ曲がっているので「こんな歩きにくい道の先に金持ちが住んでいるだろうか?」という疑問が湧いた。だがこの不自然な道こそが防犯のために工夫を凝らしてつくられたものであり、金持ちの家へ続く道にふさわしいのだという気もする。
やがてむこうから歩いてくる人影が見えたので、金持ちの家の人間かもしれないと思った私は、失礼のないようにシャツのボタンをきちんとはめ直し、ズボンの汚れを手で払って心の準備をした。
だが近づいてきたのはいかにも我が家の周辺で見かけるような、薄汚れた安物のジャンパーを着た男だった。私はすっかりリラックスした気分になると、はめたばかりのボタンも自然に外れて、男に気軽に声をかけた。
「このあたりに金持ちの家があるという話を聞いたのですが、どうやら噂に過ぎないようですね」
 すると男はびっくりしたように目を丸くして「そんな話は聞いたことがない」と主張した。
「この先に行ってもいかにも幽霊の出そうなボロ小屋があるだけですよ。いったいどこでそんな馬鹿げた噂が広がったのか……」
そう首をかしげる男性に「おかげで無駄足を踏まずに済みました」とお礼を述べると、 私は道を引き返してきたのである。
だが考えてみれば、あの男性は貧乏人が金持ちの家に近づかないよう偶然を装って立ち話をし、嘘を教える役割を果たしていた可能性がある。
そのために一日中道を往復しているだけの人間を雇うことなど、金持ちにとっては訳のないことなのである。