2019/07/08

梅雨の間はおもに雨に警戒しなければならない。私はそう自分に何度も云い聞かせた。
ほかのことは、たとえば気温の高さや低さ、隣人が突然金属バットなどを持って我が家に殴り込んでくることなどについては、考えなくていい。可能性がゼロになっているという意味ではなく、優先順位があまりに低いから、無視しなければ人生のコマが先に進まないのだ。
梅雨は雨ばかり降ってじめじめして、さまざまなものにカビが生えることは有名だろう。私はそのことが我慢ならず、 カビの生えた物は片っ端から捨ててしまう。すると家の中から物が減って大変すっきりし、見通しが良くなったので「これは素晴らしいぞ!」とガッツポーズを取った。
だがすぐに、物が減りすぎることはとても不便であることを痛感し、反省のあまり物を捨てることを一切やめてしまった。
するとどうだろう、今度は家の中に物が溜まりすぎてラッシュの電車内のように窮屈になり、部屋からトイレに向かうのさえ一苦労という有り様だった。
しかもそれらの物にはたいたいカビが生えているから、窮屈さの中を無理に移動すると私の衣服や顔などにカビが付着してしまう。これはものすごく不快であり、あきらかに健康にも悪い。
早く梅雨が終わらないものか……そんな気持ちで欝々と過ごしていたら田舎のおばあちゃんから手紙が届いた。
「毎日じめじめした天気が続いて部屋の中がカビだらけになっていないかい? ちょっとした晴れ間にすかさず窓を開けて換気をしたり、こまめにアルコールで消毒するなどしてカビ防止に努めたほうがいいよ。食べかけのおやつをその辺に放置したりしないで、 残ったものは冷蔵庫に保管するかすぐに捨てなさい。そして何よりも毎日の掃除を欠かさないようにね、部屋の床に物を直接積み上げるのは掃除をしない口実になりがちだから、絶対におやめなさい」
そのような優しい言葉が綴られていたのだが、考えてみれば祖母は何十年も前にとっくに死んでいる。
だからこの手紙は死後の世界から届いたか、そうでなければ祖母を名乗るニセモノが書いたものだ。
そうとわかると不気味さに震えるあまり、私はカビのことなど最早どうでもよくなっていた。