2019/07/04

数軒隣の家で飼われている犬が、時折はげしく吠えていることがある。
その家には確か非常に腰の曲がった老婆が住んでいるはずだ。 他にも同居家族はいるが、全員外出して老婆だけが留守番をしている際、ふだんは従順なペットのふりをしている飼い犬が本性をあらわし、無力な老婆に襲い掛かっているのではないか?
私はそんな想像が頭を占めてしまって落ち着かない気分になるのだ。
日ごとに体力が衰え、弱弱しくなっていく飼い主の様子に動物的な勘で気づいた犬が、
「これならおれでも勝てるんじゃないか?」
そう思ってしまったとしても不思議ではない。
だが犬は大変賢い生き物であり、人間の最良の友人というべき存在だから、そんな残虐行為をはたらくはずがないという気持ちもまた捨てきれなかった。
今すぐあの家に駆けつけて老婆の無事を確認したいところだが、万が一飼い犬に食い散らかされた死体など目撃した場合、犬という生き物への根本的な信頼が崩されてしまうようで恐ろしくて見にいけないのだ。
どれだけ賢くとも所詮は動物だから、やはりちょっと小腹が空いたときなどに目の前に自分より弱い生き物がいれば、ガブリとやりたくなるのが本能というものだろう。
たとえペットであってもその野性の本能の存在を否定するべきではない。完全に人間と同じように扱うことは一種の虐待であり、あくまで大自然からちょっとだけお借りしてますよ、という態度で動物たちには接するべきなのである。
まるで人間のようにおしゃれな衣服を着せられ、美容院で整えられた毛並みが輝くばかりであっても、その中身には古代からの大草原やジャングルが混沌として広がっているのだ。
そんな神秘的な存在である飼い犬の胃袋に納まることは、どのみち後が長くない老人にとってはむしろ幸福なことなのかもしれない。
もちろん本人に確認しなければわからないが、すでに胃袋の中にいる場合、それもかなわぬ相談だ。