2019/07/31

私はとくに用事はなかったが、近所の人の家を訪ねてみた。
その人は五十代くらいの女性だった。おそらく夫と娘の三人家族で、大きな白い犬も飼っていたはずだ。
ところがどういうわけか、今は家には誰もいないようだ。まるでその女性だけを残して仲よく旅行にでも出かけてしまったかのようである。
無言で家に上がり込んだ私を女性は戸惑うような目で見ていたが、やがてまるで独り言のようにこう語り始めた。
「やはり連日の暑さの影響だろうか? 夫も娘も愛犬も、みな立て続けにバタバタと倒れて入院してしまった。そのことはなんとなくわかるのだが、入院先がどの病院なのかまでは見当がつかない。はたしてもう元気を取り戻したのか、治療の甲斐もなく全員死亡してしまったのかさえ私にはわからない始末だ。やはり専業主婦という立場は、社会からどこか置き去りにされたような孤独がつきものだし、同じ家族の中でも見下されているのだとひしひしと感じてしまう。だが家族が全員どこかの病院で死亡してしまえば、家庭という牢獄から解放されるとともに何か大切なものを失ったような気分に襲われるのも事実だ。できれば愛犬のリリーくらいは存命であってくれれば、これからの人生にちょっとした張り合いが生まれるというものだが……」
私はそんな事情があるとは知らず、旅行にでも行ってるのだろうと気軽に考えたことを申し訳なく思い、さっそく女性に謝罪した。
だが彼女はもはや自分の世界に没頭しており、私の発する言葉など風の音くらいに無意味なものでしかなかったようだ。
私たちの身の回りで、猛暑はさまざまな人間ドラマを生んでいるのである。