2019/07/30

「牛というのはずいぶん顔がでかいんだな」
私は牧場を訪れていた。牧場を訪れた者なら自然と抱くであろう感想を、そのままなにげなく口に出したのである。
だが何か気に入らないところがあったのか、牛たちが一斉に私を睨みつけた。
「いや、よく見れば体もでかいのだから、バランス的に顔がとくにでかいわけではない」
あわてて私がそう付け加えると、牛たちは一斉に視線をそらして今まで通り草を食べ始めた。
これはうかつなことが云えないな、と私は思った。
やはり人間に飼育されている動物は生き残るための知恵として、人間の話す言葉をよく聞き取って理解するようになるのだろう。
言葉の理解できない牛は餌を食べ損ねることが多かったりなどして餓死してしまい、結果的に淘汰されてきた結果なのかもしれない。
「だが、やっぱり正直なところ顔がでかいのはたしかだ」
私がまた無意識のうちにそうつぶやいたところ、牛たちはまた顔を上げて一斉に私を睨みつけてきた。
私が這う這うの体で牧場から逃げ出したのは云うまでもない。
独り言も自由に云えないようでは、都会を離れて牧場へやってきた意味など皆無なのだから。