2019/07/26

悩みの多い青年が、その悩みの一部始終をつぶやいていた。私はたまたま喫茶店の隣のテーブルでその悩みに耳を傾けていたのだが、私には理解しがたいような複雑な感情のもつれが感じられる悩みばかりで、私にアドバイスをしてあげられる余地はないようだった。
青年は次々とべつな悩みをつぶやいていたが、やがて私にも解決方法が思いつく悩みをつぶやきはじめた。
早速アドバイスをしなくてはと思い、話しかけようとしたところ青年はすでにべつな悩みの告白に移っていた。
せっかく思いのままに悩みをつぶやくことに夢中になっているのに、腰を折っては悪いと思ってためらううちに、青年はさらに次々とべつな悩みをつぶやいていったのである。
「すみません、今つぶやいておられる悩みの七つ前の悩みについて、私は人生の先輩として良い解決方法をアドバイスしてあげられるのですが……」
そんなことをいきなり切り出したとして、はたして青年は「七つ前」というのがどの悩みなのか、咄嗟に思い出せるだろうか?
このような悩みの多い青年は、ひとつひとつの悩みに番号をつけているのでもないかぎり、自分の悩みのすべてを把握することなど不可能なはずだ。きっとただでさえ悩みでいっぱいの頭をさらに混乱に陥れてしまうだろう。
私は声をかけるのをあきらめると、手帳のページをちぎってそこにアドバイスすべき内容をペンでさらさらと書き込み、帰り際にさりげなく青年のテーブルに置いていった。
店を出る直前にちらっと振り返ると、青年はメモには目もくれぬまま悩みのつぶやきに没頭しているようだった。
あの分では、閉店時間まで悩みは尽きないのかもしれない。
その前に店員が空いたカップと一緒にメモを片付けてしまわなければいいが……。
私にはそれだけが気がかりだった。