2019/07/19

周囲に家のない場所にぽつんと物置小屋のようなものがある。しかもあまり見ないデザインの小屋で、私には旅行用の大型のバッグのようにも見えたが、もちろん大きさや材質はそれとはまるで違うのだ。
近くまで来てみたものの、私は扉に手をかけるべきか迷った。勝手に中を覗いていいものかという良心の咎めがあったのである。
「べつに泥棒に入るつもりじゃないんだろう? 中をちょっと覗くくらいいいじゃないか」
そのとき、たまたま散歩に連れて来ていた愛犬のリリーがそう語りかけてきた。
なるほどそれもそうだと思い、私は謎の小屋の扉を思いきって開けてみた。
窓がないせいか、中は暗くて目が慣れるまで時間がかかった。どうやらごちゃごちゃと物が詰め込まれた内部は埃もたまっていて、めったに人が出入りしていないのは明白だった。
とにかくただの物置小屋に過ぎないようだから、これ以上観察しても無意味だ。そう思って扉を閉じてその場を立ち去ろうとしたところ、リリーがぐいぐいと小屋の後ろのほうへ引っ張っていく。
「ちょっと待って、どこへ行くんだよ?」
私がそう訊ねたところ愛犬は元気よく「ワン!」と声を上げた。
「おいどうしたっていうんだ、さっきはちゃんと日本語を話したじゃないか? 今さら言葉を忘れたふりをするのか!?」
そう問い詰める私を無視してリリーは小屋の裏側へ回るといきなり地面を掘りはじめた。
しばらく様子を見ていると、やがて何かきらっと光るものが地中から現れたらしい。
喜々としてくわえてきたそれを犬から受け取ると、どうやらガラスでできたレーニン像のようだ。
「いったいこんなものを掘り出してどうするつもりだ? 今さら共産主義の復活に望みを託すつもりなのか?」
だがそんな私の真摯な問いかけにもリリーはただ「ワン!」と答えただけだった。
どうやら本当に言葉を忘れてしまったらしい。