2019/07/17

近所に住んでいることだけはなんとなく知っているが、とくに挨拶もしたことのない小男が急に我が家を訪ねてきた。
「相談があるのですが、五丁目の住人たちで同人誌をつくりませんか?」
小男はいかにも慣れない様子で礼儀正しさを装い、そう口を開いた。
「この辺りも近頃は住人の入れ替わりが激しく、ご近所さんといえどそのつきあいは一期一会の出会いという感があります。そこで、わずかな時間でも近隣で暮らした記念として、何か思い出の品を残したいと考えるに至ったのです。内容は漫画や小説、詩やイラストなどもりだくさん、何でもありのバラエティに富んだ誌面を予定しています。もし賛同していただけるなら、あなたにも何かご寄稿いただければと思いまして……」
たしかに私は五丁目の住人なので、この小男がつくろうとしている同人誌への参加資格があるというわけだ。
「それはいいですね、ぜひ参加しましょう! 私は趣味で短歌をつくっていますので、ぜひ短歌を掲載していただければと思います。とびきり腕を振るって、みなさんの作品に負けないものを詠みますよ! 実は昔、歌葉新人賞という短歌の賞で候補に残ったことがありましてね……」
小男は「詳細が決まったら連絡します」と云い残して去っていった。
だがその後彼からは何の連絡もなく、そればかりか道路で会ってもまるで赤の他人のように目も合わせず通り過ぎてしまうので、話しかけるきっかけも掴めないままだった。
小男の態度から察するに、恐らく同人誌の企画は立ち消えになってしまったのだ。
私以外に参加者が集まらなかったか、小男自身が多忙だったり、気が変わったりして発行の意欲を失ったのだろう。
そんなふうに想像しているうちにやがて小男の姿もまるで見かけなくなった。五丁目以外の土地に引っ越してしまったのかもしれない。
結局彼の住居がどこなのかも聞かずじまいだった。
まさに一期一会の出会いをまた一つ経験したようだ……。私はしばらくのあいだ感慨に耽った。