2019/07/11

隣町の神社の境内にある大銀杏の木は、裏へ回ると幹に扉があって中に入れるようになっている。
私がそのことに気づいたのはほんの偶然だった。散歩に連れていった犬のリードをうっかり手放してしまい、元気よく駆け出した犬を追いかけていったらその扉の前に行きついたのである。
犬は扉に向かって「おすわり」の姿勢で激しく尻尾を振り、早く開けて中へ入れてくれと云わんばかりだ。
「こんなものが銀杏の木に取り付けられているのはあきらかに怪しいが、動物には人間にはない野生の本能によって、危険を察知する能力がある気がする。こんなに喜々として中に入りたがっているということは、危険どころか何か素晴らしいもの(財宝など)が隠されているという意味かもしれない」
私はそのような結論に達したところでドアノブを握り、恐る恐る扉を引いてみた。
するとあっさり開いて目の前に現れたのは、蛍光灯の青白い光に照らし出された便器と、水洗タンク、トイレットペーパーホルダー。これは公園などで見かける、かなり年季の入った公衆トイレではないか? 私は何か恐ろしいものを見てしまったかのように後ずさった。
犬もすっかり興味を失ったように銀杏の木から離れると「散歩の続きに行こうぜ」とばかりに私に視線で促している。
ぼんやりした頭のまま犬に引っ張られるように散歩を再開したが、やはりどうにも気になってしまって散歩どころではない気がした。自分の見たものが妄想の産物のような気がして、どこか正気を疑うような気持ちが拭えなかったのだろう。
私は先へ進みたがる犬を説得して、ふたたび神社の境内にもどってきた。大銀杏の裏に回るとやはり扉は存在していた。白昼夢ではなかったんだ……そうため息をつきながらドアノブに手をかけるが、なぜか今度は開かない。
そんな馬鹿な、と驚いて私がガチャガチャとノブを回そうとしていると、扉の向こうからゴホンという咳のような音が聞こえてきた。
我に返ってよく見れば、ドアノブの上のところに小さな赤い表示が出ていた。さっきはその部分はたしか青かったはずだ。
なんと、そのトイレは使用中だったのである。