2019/06/05

川沿いの遊歩道を歩いていたら、サラリーマン時代の上司にばったりと再会した。
二十数年ぶりの再会だというのに、彼の外見は上司だった頃ととくに変わっていないように見受けられた。当時の役職は課長だったはずだが、今の彼がとても部長や重役、ましてや社長になっているようには見えない。おそらく現在も課長のままに違いない、と私は心の中で思った。
元上司と私は、しばらく遊歩道を肩を並べて歩いていった。
べつに話すことも思いつかないため、無言で歩く二人の足音のむこうに川の流れる音が聞こえていた。
二十年以上経ってしまうと当時の記憶は曖昧になっているし、その後はまったく接点もなかったからごくありきたりなこと(今日の天気や気温など)以外に話題もないのだ。うっかり「今も課長のままですよね? 課長さんと呼んでいいですか?」などと訊ねたら、相手を怒らせてしまわないともかぎらない。そうなってはせっかくの再会が台無しになってしまうだろう。
ちょうどそこへ一匹の奇妙な動物が現れ、我々の前をまるで先導するように歩き始めたので、私は早速そのことを話題にした。
「なんでしょうねあの動物は。トカゲに似ている気がしますが、それにしては体が大きいし……」
だが元上司にはその生物の姿が見えないのか、私の言葉に首をかしげて視線をふらふらとさまよわせるばかりだった。
「ほら、すぐそこですよ。まるで散歩中の犬みたいな足取りで歩いているでしょう」
そう云って指さしても、元上司は悲しそうに首を横に振って私の方を見るだけだった。
私は諦めて、一人でその謎の動物の姿をじっと眺めた。
これだけはっきりと見えているのだから、幻覚の類でないことは明らかなのだ。それが見えないということは、私と元上司との間によこたわる二十数年という歳月が、こうして肩を並べて歩いている間もけっして埋まりはしないということを物語っているようだった。
だんだん私も悲しくなってきて、何か話さなければという気持ちがこみ上げてきた。
「課長、本当にお変わりになりませんよねえ。まるで蝋人形みたいですよ」
私は思わずそう口に出してから、はっとして元上司のほうを見た。
彼は前方を見据えたまま無言で歩いており、私の言葉はまったく聞こえなかったかのように思える。
だが、その目はあきらかに灰色に澱んでいた。まるで台風の後の川のような色だ。