2019/06/04

人は見かけによらない、という話を聞いたことがある。たしかに、猿のような顔をした人が猿に近い原始的な人物だとはかぎらない。私の知っている猿にそっくりな男性は、実際はとても知的でいつも読書をしており、度の強い眼鏡をかけて大変勉強好きなことも伝わってくる。
にもかかわらず、顔はまだ人類に進化する前の状態を思わせるので、思わず手に持ったリンゴやバナナなどを渡したくなってしまう。
だが差し出された果物を見ても、その男性は困惑するばかりだ。暇さえあれば本を読んでいるようなインテリだから、リンゴやバナナなどにはとくに興味はないのだ。
だが果物を差し出す側は好意でそうしているので、拒まれると気を悪くしてしまう。それが思わぬトラブルに発展する可能性もあり、顔は猿だが実際には知的な彼はそんな気配をすばやく察知して機転を利かせ、ちょっと猿っぽいしぐさをアドリブで演じながらそれらの果物を受け取ってみせることになるのだ。
するとたちまち「猿人間がバナナを喜んで受け取ったぞ!」という評判が広まり、果物を手にした人々がぞろぞろと集まってくる。
みんな毎日が退屈でたまらず、何か珍しい刺激がないかと周囲を見渡しながら待ち構えていたのだ。
この場合は群衆にすっかり囲まれてしまう前にその場を逃げ出すに限る。食いたくもない果物を山のように受け取ることに時間を取られ、読書の時間が削られてしまってはたまったものではないからだ。
本を読む時間が減少し、生活から活字が失われていけば彼は自然に猿へと退化し始めてしまう。
それは別段、彼が猿にそっくりな容貌であることとは関係がない。人間はもともと全員猿だったのであり、猿に戻ることは汗で化粧が落ちるようにたやすいのである。