2019/06/30

バス停があったので、ちょうど時間もあることだしバスを待ってみることにした。
「ふだんバスは全く利用しないので、こんなに近所にあるバス停さえ目に入らなかったというわけか。まさか今日初めて設置されたバス停というわけでもあるまいし」
そう小声で云いながら、私はちらっとバス停の標識に目をやった。
「どうやらあと二分ほどでバスがやってくるようだ。いったいどんなバスが姿を見せるのだろう?」私が想像したのは、横に子供向けの動物などのキャラクターがいくつも描かれた、見ているだけで笑顔に変わってしまうような塗装のバスだ。
どうして子供は動物のイラストが大好きなのだろう? と私は首をかしげた。かわいらしい形をした石や、さまざまなパステルカラーで表現された樹木などには大して関心がなさそうだ。おそらくそんなものが描かれたバスを見てもぷいと顔をそむけ、親に無理やり引きずられなければ乗り込もうとしないだろう。
「だからバス会社としては、本当ならもっと多様な絵柄や題材の絵を描きたいところなのに、子連れ客への配慮から動物しか選択肢がないのだと思われる。それも本来ならリアルなタッチのイラストのほうが教育的な観点から望ましいはずだが、子供たちのワガママにつきあった結果ワンパターンのかわいい絵柄に落ち着くのだ」
動物がけっして可愛いものばかりではないという現実を受け入れられない子供に育ったのは、あきらかに親の責任である。幼いうちから多様な価値観に触れさせるため、選りすぐりの絵本などを買い与えなかった怠惰な親たちの尻拭いを、結果的にバス会社がさせられている形だ。
「そしてさらにそのしわ寄せが、さまざまなイラストの描かれたバスに乗りたい他の乗客たちの願いを押し潰すことに到っている。われわれは社会に一人で生きているわけじゃないのだから、つねに自分ののばした腕や突き出した足が誰かにぶつかっていないか、チェックする義務があるのかもしれない」
私が深くため息をつくと、そのため息に合わせたようにクラクションの音が聞こえた。
見れば道のむこうからバスが近づいていたので、私は逃げるようにバス停から立ち去った。
たまにはバスを待ってみたかっただけで、私はとくにどこかへ行く用事はなかったのだ。