2019/06/29

墓地があることは知っていたが、知り合いの墓があるわけでもないし、足を踏み入れたことはなかった。
一般に墓地を訪れる人は、墓参りに来たか肝試しに来たかのいずれかだろう。どちらの用もなかった私は先ほどもさっさと前を素通りしようとした。
こんなことを云っては気分を害する人がいるかもしれないが、墓地は何となく不気味な感じがして、正直あまり視界に入れたくはないのだ。
あんな陰気な色の石をならべていることで、もし幽霊が出るなら陰気な雰囲気の幽霊だろうなと無意識に想像させてしまう。もっと陽気なカラフルな色彩の墓石がならんでいたら、楽しげなダンスを踊りながら幽霊が登場することが目に浮かび、みんな積極的に墓参りにも訪れるようになるだろう。
そう思うと残念でならないのだが、さっきはそんな私の期待に応えるような目の覚めるような色彩がいきなり目に飛び込んできたのだ。
思わず立ち止まって墓地のほうを見ると、ごく平凡な小さな墓地があるだけだ。たった今見えたと思った鮮やかな色はどこへ消えたのだろう? そう思って敷地に足を踏み入れようとすると、誰かに腕を掴まれた。
「やめておきなさい」
そう話しかけてきたのは、八十歳前後と見える品のいい女性だった。見た目から想像できない強い力で私を引き戻しながら女性はこう続けた。
「今、墓地にそぐわない何かカラフルなものが見えたんでしょう? 陰気な墓地に日頃から疑問を感じている人が、そんな幻影を見て思わず敷地に足を踏み入れるという事件が多発しているんですよ。もちろん、色鮮やかな陽気な墓石などどこにも存在しません。すべては、そんな幻影で人を引き寄せて取り憑こうとする邪悪な霊のしわざなのです」
私は驚いて「取り憑かれた人はその後どうなったのですか!?」と叫んでしまった。
女性は無言のまま首を横に振ったことで、かれらに訪れた悲惨な運命を私に暗示した。
「墓地が陰気なことにはちゃんと意味があるのです。むやみに人が訪れて、悪意ある死者の餌食にならないようにするという意味がね……」
最後は独り言のようにつぶやきながら、女性は道を遠ざかっていった。
もしかしたらあれは人間の老人ではなく、私の守護霊だったのかもしれない。