2019/06/28

近所の公園がいつのまにか閉鎖されていたので、遠くの公園まで足をのばしてみた。
そこは敷地の中心に立派な花壇の設置された公園で、色とりどりの花がつねに目を楽しませてくれる。
だがべつに花を見るために公園へ来たわけではないので、私は無視して手元の本のページを凝視し続けた。
だがそこにびっしりと印刷された文字が、ひっきりなしに語りかけてくる言葉に私はまるで意識を集中させることができなかった。
「これはいったいどうしたわけだろう? 花になど興味がないというのは自分への偽りで、本当は心の底でさまざまな花を眺めることを欲しているのだろうか?」
そんな疑いが首をもたげてきたため、私は本のページから目を上げてみた。
すると視線の先にある見事な花壇に、花柄のワンピースを着た女性が仁王立ちしていたので私は驚いた。
当然ながら足元の花は踏まれ、無残な状態になっている。だが女性は腰に両手をあてて微動だにせず、表情は眉間にしわの寄った大変険しいものだった。
「なんだあの女は! 美しい花を踏みつけて堂々としているなんて気でも狂ったのか?」
私はあわてて立ち上がると、花壇の前へと駆け寄った。
近距離から眺めれば、その女性は美しいものを踏みにじるような粗暴なタイプには見えなかった。もしかしたら何か深い考えがあって、花のためを思っての理性的な行動なのかもしれない。
そう感じた私は苦言を呈するのを思いとどまり、そのまま相手の観察を続けた。
花柄のワンピースを着ていることからも、けっして花の美しさに理解がないタイプではないことが窺えた。
どちらかというと花をライバル視して「私の方がずっとこの花壇に植えられる価値があるはず」といった主張を無言のうちに発している可能性が高いのではないか?
だが花と人間の間には、植物と動物という越えられない壁がある。 地中に根を張って養分と水を吸い上げる花たちと違って、人間はどこかで水や食べ物を手に入れる必要があり、花壇でじっとしているわけにはいかないのだ。
「それとも植物と同じように、その場にじっと動かぬままで必要なものを手に入れる方法をあなたはすでに見つけ出したとでも云うのですか? だとすればこんな地味な公園でじっとしているより、今すぐその方法を書いた本を出版すればベストセラーになり、大金持ちになることも夢じゃないはず。だがもはや自分が花だと信じ込むことに夢中になっている現在、金のことなどまるで眼中にないのだとしたらもったいない話だ」
私が思わずそうつぶやくと、それまで完全に無視を決め込んでいた女性が突如目の色を変えてこちらを見た。
それはあきらかに儲け話に反応した目つきだったので「まだ植物になりきってはいなかったのだ」と私はほっとすると同時に、なんとなくがっかりした気分にも見舞われたのだった。