2019/06/26

アルバイト先の店長が急死した。店頭で客の応対をしていたところ、その客がいきなり刃物のようなものを取り出して何か叫びながら店長をめった刺しにしたためである。
おかげで店は午後から臨時休業となり、バイトの先輩の話では再開のめどは立たないということであった。
チェーン店だとばかり思っていたのだが、どうやらチェーン店を装って無断で営業していた店らしく、死亡した店長の代役が本部から送られてくる、といった展開にはならないようだ。
先輩も店長から「自分が死んだ場合は誰が店長になるか」といった話は生前聞かされていなかったそうだ。たしかに店長はエネルギッシュで元気そのものという印象の人だったし、持病などもなかったように聞いている。そのままいけばそれなりに長生きをしたはずで、まさか客に、それも毎日何かを買ってくれるお得意様の上品そうな女性客にめった刺しにされるとは予想しなかったのだろう。
だが今さら「この店を今後どうすればいいですか?」と床に血まみれで横たわっている彼に訊ねることもできない。
店を閉めた後は突然ぽっかりと現れた空白のような時間に戸惑い、私は公園へと向かった。
まっすぐ帰宅するのはこのせっかくの小さな休暇を無駄にしてしまうようで、公園の木々の緑を眺めながら次のバイトをどうするか? といったことをこの際じっくり考えてみたいと思ったのだ。
だが自然の風に吹かれながらほんの数分間考えただけで、
「もう誰かに雇われてぺこぺこと頭を下げ、理不尽な命令に従うだけの毎日なんて真っ平だ!」
そう結論が出た私は何かフリーの仕事を始めるべく、そのヒントを得るためにベンチを立ち上がると町をレーシングカーのように駆け巡った。
「私はもう長いあいだ誰かの下僕でありつづけ、そのことに疑問を感じなくなっていた。だが心の深い部分では現状に不満と悲しみを抱いており、あらたな生活へと壁を破って飛び出していく機会を窺っていたのだろう」
町を駆け巡っている最中、つい数時間前まで自分の職場だった店の前を通りかかったような気がした。
「あそこで血だまりの上に倒れている店長には大変気の毒だが、今日に限って包丁を持参して来店したあの女性客は、なかなか思い通りの人生を生きられない私を縛る鎖を断ち切るべく、その刃物を店長に振り下ろしたのかもしれない」
そう思うと名も知らぬ上品そうな女性客が、にわかにギリシア神話の女神のような輝きを帯びてくるのがわかった。
今すぐ店に戻ればあの女性がまだ現場に立ち尽くしており、感謝の気持ちを伝えられるかもしれない。
だが私はすぐにそれをあきらめて心の中で感謝するにとどめた。
店の鍵は先輩バイトが管理しており、私には中へ踏み込む手段が存在しなかったのである。