2019/06/17

バイト先の書店がリニューアルオープンした。書籍が売れないと云われる昨今だが、その書店も例外ではなく売り上げは日を追ってがた落ちになり、このところ給料の支払いも滞りがちだった。
だが今日からは売れない書籍を店頭から一掃し、確実に売れ行きの上がる本のみを販売する書店に生まれ変わることで、バイトにろくに給料も払えない奴隷労働のような現場が改善されることを期待して出勤したところ、店にはパンダの写真が表紙の本だけがずらりと並んでいたので驚いた。
「長年に渡る書店経営の経験から導き出したのは、パンダの写真が表紙に印刷されている本は飛ぶように売れる、ということなんだよ。本のジャンルとか作者とか、中身には一切関係なくただ表紙にパンダの写真があることだけが共通項。その他の違いによる売り上げへの影響は些細なもので、確実に計算できるのは表紙のパンダだけなんだよね」
店長はそう熱弁し、白黒のコントラストに占められた店内をうっとりした目で眺めた。普段ならそんな演説を聞かされたら「寝言はまともに給料を払ってから云え!」と怒鳴りつけたくなるところだが、ずらっと並んだパンダの写真の癒し効果によって私も店長の言葉を鵜呑みにし、たしかにそうなのかもしれないという気持ちになっていた。
こうしてパンダの写真が表紙の本の専門店となったバイト先は、いったいどこで聞きつけたのかたちまち大勢の客が押しかけて満員状態になった。
だがパンダの愛らしい写真に惹かれて訪れる人たちだから、そんな混雑の中でも笑顔を絶やさず、レジには不平も漏らさず整然と並ぶし、お互いに手の届かない場所にある本を手渡しあうなどお客さんどうしの連係プレーも抜群。ネットで些細な意見の違いから相手を虫けらのように罵倒する光景を見慣れた目には何とも新鮮で、心が洗われるような光景が展開された。
「こんなことなら最初からパンダの写真が表紙の本だけを売っていればよかった。これからすべての出版物にパンダの写真を義務付ければ、出版不況という悪夢も霧消してさわやかな朝のような日々が訪れるのでは?」
とぎれることのない客の応対の合間に、店長はそんなことをつぶやいていた。うわ言のような口調ではあったが、もちろん目はとてもやさしく笑っていて、どこかパンダを思わせる顔でもある。