2019/06/12

テレビを見る時間は、自分一人のために上映されている映画を観ているような贅沢な気分を味わうことができる。
もし神という架空の存在が実在するなら、こんな気分で毎日世界を眺めているのだろう。そう思えるほどテレビのチャンネルをリモコンで気ままに変えることには、どんなことでも可能な力を手に入れたかのような錯覚がともなう。
だからテレビはとても危険なメディアなのだ。そう心の中でつぶやいた私はリモコンで電源を落とすと、暗くなった画面に背を向けて部屋を出た。
夕暮れの町はみなどこか忙しそうで、そのせわしなさが活気を生んでいるように感じられた。
商店街の雑踏に身を投じてみると、自分の意志とは無関係に勝手に人の流れに呑み込まれ、どこかへと運ばれていくのがわかった。期待と不安の入混じった心で身を任せていると、やがて雑踏から吐き出されたように見知らぬ店の中へ飛び込んでいた。
一見すると肉屋のようだが、ガラスケースの中に収められた肉らしきものには髪の毛や爪、歯などのように見えるものが紛れ込んでいた。
ということは、これらがもし売り物としての肉だとすれば、ここは人肉を売る店だという話になる。
そんな不快な店に長居するのはごめんだ! そう思った私はふたたび雑踏へと飛び出していった。
店を出る瞬間にちらっと振り返ると、ガラスケースのむこうには気弱そうな腰の曲がったおじいさんが一人で店番をしているのが見て取れた。
それを見て「やっぱりここは普通の肉屋で、人肉に見えたのは気のせいかな?」と思いかけたが、あわてて私はその考えを否定した。
虫も殺さないような顔をしている人間ほど、実際には大量の人命をもてあそぶことに躊躇がない、ということがよくあるものだ。
人肉を売るという違法な商売が今まで続けられていたのは、案外そんなことが理由なのかもしれない。