2019/06/11

他人の家の中を詳細に観察することは、めったにないことだ。相当親しい間柄であっても、リビングなど来客用に用意された部屋以外へ足を踏み入れるのは、プライバシーの侵害だとして嫌われるものである。
とくに個人を尊重し合う風潮が定着した現代では、簡単な用事なら玄関先で済ませるなどして、できるだけ自宅に人を上げないことが普通だし、防犯的な意味でもそれが推奨されるようなところがある。
設備の検査などでやむをえず他人を家にいれる場合は、相手が信じるに足る人物であることを証明する身分証の提示が求められるだろう。親しい間柄ではもちろんそんなことはないが、だからこそ逆に「そういえばこの人には身分証を見せてもらったことが一度もないな……」という疑いの目で、ふと友人の顔を見てしまう瞬間もあるような気がする。
たとえお互いをホームパーティーに呼び合うような気心の知れた相手でも、年に一度くらいは互いに身分証を見せあい、相手の身元を確認することはあったほうがいい。
身分証の提示を求めることが失礼だと思うような相手とは、そもそもつきあうことを避けるべきなのだ。それは現代における人付き合いの最低限のマナーであり、物騒な事件がテレビをにぎわすような毎日の中でリラックスしたひとときを過ごすためには、刃物を振り回すような狂った人間である可能性をできるだけ互いに排除し、にこやかな笑顔が本物の心から生まれたものであることを証明し続ける必要がある。
そのためにもっともふさわしい証明書は何かということを二、三時間ほど考えてみたが、やはり顔写真付きのマイナンバーカードこそが最もふさわしいという結論に達した。
政府が「この人はこういう12桁の番号を割り振られた唯一の人間ですよ」ということを保証してくれるマイナンバーカードこそ、私やあなたが突然刃物を振り回すことなく、にこやかなまま労働やレジャーで日々を過ごす存在であることを証明してくれる唯一のカードなのかもしれない。
マイナンバーカードの前では、社員証や保険証、パスポートも免許証もすべて紙吹雪のように吹き飛んでしまう。
この誰もが持つべき便利なカードを請われればいつでも提示できる人々だけが、玄関から先のわが家へ通してもいい選ばれた人々なのだ。
わが家で次回パーティーを開く際には、それぞれ自分をあらわす12桁の番号のプリントされたTシャツを着ていることが、参加のためのドレスコードだ。
他に参加条件は何もない。ガスの検査員でもNHKの集金人でもかまわない、どしどし気軽にパーティー会場に飛び込んできてほしい。