2019/06/10

夜更かしをしていると、夜空の闇がスクリーンになったかのように普段は思い出すことのない、過去の些細な記憶がよみがえってくることがある。
どこかひなびた田舎町の道を歩いていたら、むこうから人間と同じ大きさのニワトリが歩いてきた。そんな場面が突然脳裏に浮かんだので私は思わず、
「なんだあのでかいニワトリは! 化け物じゃないのか!?」
そう叫びながら記憶のスクリーンから目が離せなくなった。
餌を与え過ぎたために異常に成長した、などという説明では無理があるくらい巨大なニワトリだった。だから当然のように「中に人間が入っているのでは?」という考えが頭に浮かぶ。
そこで目を凝らしてみたが、作り物っぽい細部、ファスナーのたぐいは見当たらないようだ。これでもし着ぐるみなのだとしたら、その製作者の技量は相当なものだ。あらためてその腕を称賛する必要があるだろう。
だが今はいったん、これが本当に巨大なニワトリとして実在する可能性のほうを信じることにする。その場合、自分と同じくらいの背丈の人間である私は、ニワトリの目にどのように映るのだろうか?
ニワトリはたしか虫やミミズを食べるはずだから、さすがに捕食対象とはならないだろう。だがなんらかの敵とみなされ、襲いかかられる危険があった。
あんな頭の悪い生物が巨大化して、本気で襲ってきたら大変なことになる。説得することはおろか、脅して追い払うことさえ不可能だろう。そう思うと暗い気分になってきて、このまま自分はあのニワトリの化け物に虐殺されて一生を終えるような気がしてきた。
だが考えてみれば、これは記憶のスクリーンに映し出された映像なのだ。すべては過去の出来事であり、私は無事生還して歳月を経たのちに懐かしく思い出していることになる。
もしそうでないなら、私は今ニワトリに全身を突きまわされた結果死の床にあり、そんなつい最近の出来事をまるで遠い過去のように思い出しながら、静かに息を引き取ろうとしているのかもしれない。