2019/05/06

数年前にどこかの町の喫茶店で拾った腕時計が、今朝突然動き始めた。
あれはいったいどの町だったのだろう? 私がここ数年間に足をのばした町などいくらも存在しないのだから、時間をかけて記憶を浚えば特定できるような気がするが、あまり気が進まない。
なにしろ店内で見つけた腕時計を店員なり警察なりに届けることなく持ち帰ったのは、あきらかに犯罪に該当する行為なのだ。いかにも安っぽいうえに、電池切れなのかずっと同じ時刻を差したままの腕時計だったから、忘れ物ではなく捨てていったと考えるのが自然だった。少なくとも当時はそう感じたのだが、そんな個人の気まぐれな判断で法律に明記された罪が消滅するはずもない。
しかも電池交換などを試みたわけでもないのに、いきなりその時計が今朝になって動きだしたのだ。立派に役目を果たす腕時計だということが突然証明されたのだから、このまま手元に置くのはもはや自分への言い訳も立たない状態だった。
しかしどうして数年間同じ時刻を示し続けた時計が、いきなり動きを再開させたのだろう? 針が差していた時刻はたしか六時五分前だったはずだ。それが午前なのか午後なのか、文字盤をいくら凝視してもわからなかったが、とにかくいつ見ても同じ時刻だった。そのため時計のまわりだけ世界が凍り付いていて、手首に装着したとたんに自分もその凍った時間の中に閉じ込められてしまう……そんな恐怖を感じて私は一度もその腕時計をはめたことがなかった。
もし凍りついた世界に閉じ込められたら、もう自力で腕時計を外すことは不可能だ。そんな危ない橋を渡るべきではないと、無意識のうちに私は判断していたのかもしれない。
だが今では、その時計は自由に歩を進めて気ままに時間の経過を示している。私の部屋の時計とはまるでずれた時刻を示しているが、この地球のどこかには今この腕時計が正確な時刻を示しているような土地が存在するのではないだろうか。
だとすれば時計が眠り続けていた数年間とは、我が国からその未知の土地へと、この腕時計の「魂」とでも呼ぶべきものが旅をする貴重な歳月だったのかもしれない。
気がつくと私は近所の交番にいて、以上のような内容の話を熱心に語り続けていた。
だが目の前で私の話に耳を傾けているはずの警官の姿はなく、からっぽの交番の机の上には電話機がぽつんと置いてあるだけだった。
「話の途中で何か事件が発生して、お巡りさんは急遽出動してしまったのかもしれないな。私はつい喋ることに夢中になっていて気がつかなかったが……」
 腕時計を机の上に残して私は交番を後にした。持ち主が現れることを心から願っていたのは云うまでもない話だ。