2019/05/30

「マルセル・プルースト著『失わた時を求めて』か……」
私は書斎の本棚からなにげなく取り出した一冊の本の、表紙に書かれていた文字を読み上げた。
べつに部屋に来客があったわけではないので、蔵書を話題にしたり自慢するために書名を口にしたのではない。
無意識に声に出ていただけであり、誰もが経験のあるありふれた独り言にすぎなかった。
私は椅子に腰かけて本を膝に乗せると、表紙の手ざわりをしばし味わったのち、おもむろに開いてみた。
すると最初のページには、チンパンジーらしい猿の死体の写真が印刷されていた。
不意を衝かれて私は呆然とそのページを眺めた。モノクロ写真の中にうつろな目で横たわる猿を、それ以上凝視するのはしのびないと感じたので私はあわててページをめくった。
すると次のページにも、やはり猿の死体写真が印刷されていたのだ。
一匹目とほとんど同じ構図だけれど、微妙に体つきが違うので別の猿なのだろう。
私は表情を曇らせてまたすばやくページをめくった。
だが次のページにもまた、地面に横たわる猿の死体の写真が印刷されていた。
かつては映画の中で動物が死ぬシーンがあると、じっさいに撮影現場で動物が殺されていたと聞いている。
だが最近は動物愛護の精神が浸透したため、そういう残酷な行為は現場から一掃され、動物が死ぬシーンは訓練された動物による演技か、CGで本物そっくりに合成された動物の映像なのだ。
だからこれらの死体写真も、本物の猿の死体などではなく、死んだふりをしている猿の写真か、CGなのかもしれない。私はそう考えることで心を落ち着けようとした、
だがこの本は相当昔に書かれたもののようなので、動物の権利への意識が低かった時代だから当然のことのように死体写真を撮るために、実際に猿が殺されたのだろう。
「まったくプルーストというのはひどい奴だな……」
私は不機嫌な声でつぶやくと、ついまたページをめくってしまった。するとそこにもまた、無残な猿の死体写真が印刷されていたのである。
どうやら猿の死体以外は何も載っていない本らしい。しかも本棚を見たところ、一冊だけでなくまだこの先何巻も続くようなのだ。
二巻目はいったいどんな動物の死体が掲載されているのだろうか?
好奇心が抑えきれなくなった私は、思わず本棚に右手をのばした。