2019/05/28

この辺りは最近野犬が多く出没し、外を出歩くのにもいつも周囲を警戒せずにいられない。電柱などに「野犬に注意!」と書かれた張り紙を見ることも増えていた。
さいわいまだ野犬に襲われての死者は出ていないようだ。子供や老人が襲われたという話は伝わっているが、命に別状はなかったのだろう。とはいえ血に飢えた野犬のことだから、非力な人間の手足を食いちぎるくらいのことはしていると思う。たとえ手足を複数食いちぎられても、適切な応急処置さえ行えば命は助かるのだから悲観する必要はないのだ。
山奥や砂漠などでは話が別だが、こうした住宅街ではちょっとした悲鳴を耳にすれば誰もが気軽に警察に通報するはずだ。そのために親しい間柄での喧嘩や悪ふざけが犯罪と勘違いされ、パトカーが急行してきたという苦い経験は多くの人がしているはずだ。
だが人が気軽に通報するという習慣を失ってしまえば、本当の犯罪や事故が発生したときに必要な救いの手が得られない、という弊害があるのだから、少々不愉快な経験をしたとしても通報者や警官を恨んだりせず、帰り道に酒などを飲んで忘れてしまうのがいちばんいいだろう。
おそらく野犬に関しても、多くの誤報が警察署には寄せられているはずだ。深夜の街路を野犬が徘徊しているというので駆けつけると、黒いジャージを着て闇に紛れた飼い主が散歩させている犬だった、などということが頻発している気がする。
だが目を凝らしてよく見れば、飼い主だと思ったのは野犬に襲われた犠牲者で、犬の首に繋がっているリードに見えたのは、犠牲者のはらわたを野犬が引きずり出しているだけなのかもしれない。
できればそんな凄惨な場面は見たくないものだが、それは警察の人も同じだろう。凶暴な野犬のことも無意識のうちに「かわいいワンちゃんだな」という目で眺めてしまうことがあって、野犬の捕獲が思いのほか進まないという現状のような気がする。
とくに愛犬家の警官にとっては、とてもつらい仕事になるだろう。
だが犬が可愛いあまり、犬に食い殺される人間を見て見ぬふりをするというのは人道的に許されないことだ。あくまで人間が第一。どんなに嫌いな人間や、自分とは政治的な立場が真逆の人間でも、食い殺されるのは阻止しなければならないというのが我々に残された最後の倫理なのではないか。
そこに踏みとどまらなければ、もはや犬猫以下の存在に堕ちるしかない。