2019/05/25

私の住む町にはいくつかの図書館があり、無料で貸し出される本を目当てに多くの貧しいながら向学心にあふれる人々が押し寄せ、いずれもなかなかの盛況だ。
今日はわが家から最も近い図書館へ行こうと思い立ち、昼食後玄関のドアを開けると、まるで自分の姿を見るような「貧しいながら向学心にあふれる人」らしき男性が目の前を歩いていった。
だがその人の進む方向には、私が行く予定の図書館はないのだ。
「わざわざ遠方の図書館をめざして歩いているんだろうか? だとすれば勉学に打ち込むあまりつい運動不足になるという、インテリに特有の問題を解消する狙いなのかもしれない」
そうピンときた私は、その男性のうしろをまるで尾行する刑事のように歩いていった。
だが男性は遠方の図書館へと続く道ではなく、まるで見当違いの方向へどんどん進んでいくので私はだんだん不安になってきた。
「とはいえ、すべての図書館の場所を私が把握していると考えるのは思い上がりだろう。徒歩圏内にまだ盲点のように未知の図書館が隠れていて、背筋を伸ばした本たちが棚にずらりと並んで私に読まれるのを待ち焦がれているのかもしれない」
そんな考えが頭に浮かんだため、私の不安はたちまち解消され足取りも軽く男性のうしろを歩き続けた。
まだ一度も訪れたことのない、窓から柔らかい陽の差し込む小さな図書館。住宅街の静けさになじんだその建物を早く目にしたいという気持ちが高まるあまり、私は前を歩く男性との距離をいつのまにか詰め過ぎていたようだ。
急に立ち止まったその人に背中に、私は勢いよく顔面から激突してしまった。
「あっ、すみません!」
咄嗟に謝りながら顔を上げた私は、振り返ったその人と目が合った。
だがそれは私を図書館へと導くべき「貧しいながら向学心にあふれる人」などではなかった。
いつの間に入れ替わったのだろうか? あきらかに毎日を怠惰に過ごしていることが丸わかりな、無気力そうな無精ひげの顔が怪訝そうにこちらを見ていたのだ。
私はその場でくるっと回れ右をすると、来た道を早送りのビデオのような速度で引き返した。
男はきっとこれから野原にでも行って、バッタなどを捕まえて一日を過ごすのだろう。
そんな時間があれば、本がいったい何冊読めるかわからないのである。