2019/05/10

何もすることがなかったので壁を見ていたら、それは壁というよりも窓なのでは? という気がしてならなかった。
窓にしては壁によく似ているが、窓枠らしきものも存在しており、ためしに手で触れると開けてみることも可能だったのだ。
だが相変わらずそこには壁らしきものも見え続けている。この不可解な事態をどうとらえたらよいのだろう?
こんなときわたしの頭の中には「超常現象……?」という言葉が浮かんでいる。理解不能な出来事とめぐりあうたびにそんな考えに逃げ込むのは、いかにも文系人間らしい幼稚さと云わねばなるまい。理系人間であればたちまちなんらかの科学的な説明をこころみ、それはあくまで仮説にとどまるのかもしれないが、いずれは実験によってその正しさが証明されることになるのである。
「まったく文系の勉強などしたところで、まるで世の中の役に立たないことは明白だな。大学は理系の学部のみを残して文系は全廃し、元・文系学生たちは余った時間で体を鍛えさせて災害時の救援活動などに利用するのがいいだろう」
そんな意見を誰にというわけでもなく披露していると、ふと理系の知人の顔が頭に浮かんだ。
そこでさっそく知人に電話して今私の目の前で起きている奇妙な現象について語ってみたのだ。
すると知人はきわめて冷静な口調でこう述べた。
「それは単に、自分のいる部屋の窓から隣家の外壁が見えているだけじゃないですか?」
驚きのあまり私は口がきけなくなった。確認したところ彼の云うとおりだったからだ。
どうしてわかったのですかと詰問する私に対しその人は、
「理系の勉強をした人間なら誰でもわかることですよ。べつに私が特別なわけでもなんでもない」
そう謙遜してみせたが、 なおも私が感心して称賛し続けると、まんざらでもない様子だったのはたしかだ。