2019/03/31

以前、とても古い建物があったのでなんとなく中に入ってみたところ、そこはれっきとした営業中のレストランだったので驚いたことがある。
まったく空腹ではなかったので、そのことを正直に言うと店員は接客的な態度を捨てて、友達にでも話しかけるような気安い口調で私に愚痴を言い始めた。
「こんな汚い廃屋みたいな建物だから、ぜんぜん客が来ないんですよね。客が来ないから店を修理する費用もつくれないという悪循環ですよ。おかげで給料も半年ほど支払われてないんですけど、転職する気力もないから貯金を崩して細々と暮らしてるんです。もうこの国の未来にはいっさい希望が持てないとわかってるから、私も貯金を使い果たしたらなりふりかまわず借金をして、借りられる限界に達したらオレオレ詐欺でもコンビニ強盗でもして、捕まりそうだと思ったらそのへんに走ってる電車の前に飛び込んで全てを終わらせるつもりですよ」
そんな厭世的な発言内容と裏腹に、彼はどこかうれしそうなうきうきとした表情で話し続けていた。
あまりにも客の来ない寂れた店で働くことで孤独を深め、反社会的な考え方をするに至ったのだとすれば、こうしてちょっとした偶然で私が入口から飛び込んできたことも彼にとっては何らかの幸運だったのかもしれない。
そのせいか、「これは私からの奢りです」と言って彼はテーブルに山盛りの野菜の入った器を運んできてくれた。
胡麻などがトッピングされたおいしそうなフレッシュサラダだ。そう思って目を近づけてみれば、胡麻に見えたのはひと足先に野菜を食べ始めている小さな生き物たちの姿だということがわかった。
だが店員にそのことを指摘すると無視された。彼は私が所持していた漫画の本を無断で読むことに夢中になっており、クレームの声などまるで聞こえなかったのである。