2019/02/23

階段があった。何の階段だろう? と興味を持ったが、どうせろくな階段ではない気がしたので私は前を素通りしたのだ。
ところが今日ふたたびその場所を通りかかると、何やら大きなバッグを抱えた人が階段を下りてくるのに出くわした。
聞けば、その人も階段に興味を持って実際に上ってみたらしい。すると上りきったところにそのバッグが置いてあり、
「札束が全部で十億円入っています。どうぞご自由にお持ち帰りください」
という立て札が設置されていたというのだ。
私は大変なショックを受けた。もしもあのとき素通りせず階段を上っていたら、私がその十億円を入手していたのではないだろうか? そう思うと後悔の念に押しつぶされそうになったのだ。
話を聞いたその人はいかにも気の毒だという表情になり、
「それならあなたにもお金の一部を受け取る権利があるはずだ。この中からせめて一億円をあなたに差し上げなければ、私の気持ちが収まりそうにありません」
そう言うとバッグを地面に置き、ファスナーを開け始めた。
期待に満ちた目で見つめていると、バッグの中からは札束ではなく新聞紙やチラシ、その他よくわからない紙屑などが大量に路上にあふれ出た。
私に一億円をくれるはずだった親切な人は、呆然とゴミの山を見下ろして無言になっている。
「もともと手に入れ損ねたお金ですから、一億円のことは気にしませんよ」
そう声を掛けようとして、寸前に私は思いとどまった。
その人自身がたった今、九億円を失ったところだという事実にふと思い至ったのだ。