2019/02/02

「世の中の人々は、ただ愚かなだけではありません」
いかにも知的な雰囲気を持った紳士が吊革につかまりながら、前の座席に座る私に突然話しかけてきた。
「かれらは賢い人間を憎んでさえいる。世の中を真に正しい方角へ導くべき、教養と誠実さを兼ね備えた人間の意見をないがしろにし、これみよがしに踏みつけることに快感をおぼえているのです。だから教壇のような高い場所からいくら訴えても逆効果でしかない。こちらからかれらと同じ高さの地面に歩み寄り、ともに汗を流したりといった交流を深め、少しずつ世界の真実についてメッセージを送っていくという地道な努力が必要なのです。それができる者だけが、知識階級としてのつとめを現代においてまっとうできる稀有な人材ということになるのでしょう。プライドばかり高くては単に自己満足に陥るしかない。知性は世の中を照らす光となって初めて、その人自身をも輝かせるのですよ……」
見ず知らずの紳士ではあるが、その人柄を感じさせる言葉に私は感銘を受けていた。いっけん品のいいこの男性が下半身に何も身につけずに電車に揺られている理由が、その話を聞いて理解できたような気がしたのだ。
私の心の内を見透かしたように、紳士が無言のままうなずいた。
その隣ではやはり、吊革につかまった知的な雰囲気の中年女性が下半身に何も身につけずにこちらに微笑みかけている。
おそらく夫婦なのだろう。