2018/11/29

夜更けに廃屋で行われる短歌教室の講師として教壇に立ち、
「短歌というのは……」
と話しだそうとしたら床をムカデにそっくりなムカデ人間が駆け抜けていった。
ので思わず、
「ムカデ!」
と叫んでしまった。
おかげでこの教室に集う老若男女の脳裏には「短歌とはムカデである」という誤った情報が、新任講師の初日の第一声として永遠に刷り込まれた。
もう今さら何を云ったところで無駄だ。いくら訂正してもエレベーターが自動的に一階に戻ってくるように、意識が同じ言葉に立ち返り、うわごとのように繰り返しつぶやく生徒たちをどうすることもできない。
ムカデ人間もいつのまにか教室の最前列で熱心に授業を聞いている。やはり外見で人を判断してはいけないのだ。だが授業に集中するあまり、私は最前列でノートを取る彼女をうっかり踏みつぶしたことに気づかなかった。
帰り際にスリッパの裏に貼りつく死骸を見た時はさすがにショックだったが、よく見ればムカデ人間はただのムカデだったのでショックも半減である。