2019/09/02

家の前の道路は、どこまでも南へ向かって続いていた。もちろん北へも伸びているのだが、北はすぐに行き止まりになって、このあたりの地主の家が覗く塀へと突き当たる。その家や塀をじっと見つめるのが目的なら話は別だが、そうでない場合は南へ向かって歩き出すことになるのだ。
南というのは、北半球に住む我々にとっては太陽が輝く方角を意味している。なんとなく心が浮かれてくるような魅力的な方角だ。つい足取りも軽くなり、まるで靴など履いていないかのように無音で、地面から数センチ浮いているかのような歩みを続けてしまう。
「このまま勢いが衰えずに南に突き進んだら、いずれ赤道を通り越して南半球に達してしまうぞ。そうなると太陽は北へ居場所を移し、私はいつのまにか日差しに背を向けてだんだんと寒くなっていく道を進んで行くことになるのだが、今さら方向転換は不可能だ……」
そして行き着く先は、南極の氷に覆われた極寒の世界だ。そう思うと私はすっかり暗い気分になり、できるだけそのことを考えないようにするため頭の中で「きれいな声で鳴く緑色の美しい鳥」の姿を思い浮かべた。
その夢のような歌声に聞き惚れていると、ふと鳴き声が止んだので不審に思って目を向けると、鳥は地面に横たわってぴくりとも動かなかった。
やはり南極のとびきりの冷気で凍りついてしまったのだろうか。
そう思うと私もそろそろ覚悟を決めなければと思い、おもむろにシャツの襟を合わせたのだった。