2019/07/21

ビル屋上のビアガーデンですっかり納涼気分を味わっていると、かつてこの屋上から飛び降りてこの世を去った上司のことがふいに思い出された。
「けっして悪い人ではなかったが、ちょっと神経質でつき合いづらい人ではあったな。取引先の担当社員が自分の命を狙っていると思い込み、いつもカバンに出刃包丁をしのばせて出かけていったものだ。怒らせると何をしでかすかわからないので、みんな腫れ物にさわるように接していたが、意外と親切で誰かが床に物を落とすと率先して拾ってくれたし、出張先からのお土産を課の全員に手渡しで配るような律義さも持ち合わせていた」
そんな上司が命を絶った理由は、もう忘れてしまった。なにしろかなり昔の話なので、今さら思い出話をするような相手もないし、当時の同僚たちとはもう年賀状のやりとりさえ途絶えているのだ。
「この屋上にも、しばらくのあいだ上司の幽霊が出るという噂が広まっていたような気がする。だが人は死んだら無に返るだけなので、そんな幽霊は酔っ払いたちの見たよくある幻覚にすぎないはず。幽霊を見たなどと無責任に騒ぐ連中には全員アルコール検査を強制すべきだ!」
そう叫んだ私の主張に賛成だからだろうか? 小雨の降るビアガーデンのまばらな客たちはみんな私に視線を向けているような気がしてならなかった。
だが私は別に演説がしたくてここに来たわけではない。ただゆっくりビールを飲みながら今日の選挙の結果によって、この国が本来そうあるべき正しい方角へ舵を切ることを想像してわくわくした気分になるのを味わうために、わざわざエレベーターに乗って屋上までやってきて、ビールと枝豆代を支払ったのだ。
残念ながら私自身はどうしても投票所にたどり着くことができず、何度も同じ神社の境内に出てしまうので、しかたなく最も素晴らしいと思われる候補者の名前を書いた紙を賽銭箱に入れて手を合わせたところ、無事神社から抜け出すことができた。
今まで知らなかったが、どうやら投票所になぜかたどり着けないときはかわりにそうすればいいものらしい。ネットで調べたところ同じことが書かれているページを見つけたので、私の白昼夢ではなかったのだ。
なのでみなさんにもいざというときの参考になればと思い、親切心からここに書き残しておいたという次第である。